ゴー!ゴー!世界一周
ワールドカップ2006ドイツ大会をスタートに、大好きなサッカー観戦
や宿のチェックをしながら、マイペースに世界一周を目指します!!
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世界一周の旅インデックス

■ ワールドカップの歴史・記録
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第18回 2006 ドイツ大会
優  勝 イタリア(4回目)
準優勝 フランス
3位 ドイツ
4位 ポルトガル
アディダス・ゴールデンボール賞(MVP) ジネディーヌ・ジダン(フランス)
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) ミロスラフ・クローゼ(ドイツ) 5ゴール
レフ・ヤシン賞(最優秀ゴールキーパー) ジャンルイジ・ブッフォン(イタリア)

アディダス・シルバーボール賞に
ファビオ・カンナバーロ!!!!







第17回 2002 日本/韓国大会
優  勝 ブラジル(5回目)
準優勝 ドイツ
3位 トルコ
4位 韓国
アディダス・ゴールデンボール賞(MVP) オリバー・カーン(ドイツ)
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) ロナウド(ブラジル) 8ゴール
レフ・ヤシン賞(最優秀ゴールキーパー) オリバー・カーン(ドイツ)

日韓共同開催となった今大会は、開幕戦で、初出場のセネガルが、前回大会王者フランスを1-0で破り、
驚きの番狂わせとなった。これが波乱の幕開けとなり、韓国が予想外の強さを見せ、ポルトガル、イタリ
ア、スペインなどの強豪国を次々と破っていった。日本は、ワールドカップでの歴史的な初得点、勝利
をおさめたものの、決勝トーナメント1回戦で敗退、ベスト16となっている。カフーがキャプテンを務める
ブラジルは、3R(ロナウド、ロナウジーニョ、リバウド)やロベカルなど、豪華メンバーで、98の雪辱を晴
らし、史上初の5度優勝を飾った。ちなみに4度優勝の記録を持つのもブラジル。ドイツでは、初戦でハ
ットトリックを決めたクローゼや、スーパーセーブ連発の守護神オリバー・カーンに注目が集まった。

●ブラジル   -カフー、ロナウド、ロベカル、リバウド、ロナウジーニョ、エジミウソン、ジュニオール
●ドイツ     -カーン、バラック、クローゼ、リンケ、ノイビル、ヤンカー、アサモア、シュナイダー、メツ
           ェルダー、フリングス、レーマン
●イタリア    -マルディーニ、ブッフォン、カンナバーロ、ネスタ、パヌッチ、ザネッティ、デルピエロ、
           ココ、ガットゥーゾ、インザーギ、トッティ、ユリアーノ、トンマージ、デルベッキオ、ヴィ
           エリ、ザンブロッタ、モンテッラ、マテラッツィ     

●アルゼンチン -バティストゥータ、ヴェロン、シメオネ、オルテガ、アルメイダ、クレスポ、アイマール、
           ソリン、ポチェッティーノ、クラウディオ・ロペス、サネッティ、キリ・ゴンザレス
●イングランド -シーマン、ベッカム、オーウェン、ハーグリーブス
●フランス   -ジダン、カンデラ、リザラズ、ビエラ、テュラム、ジョルカエフ、マケレレ、プティ、アンリ、
           トレゼゲ
●スペイン   -ラウール、カシージャス、モリエンテス、イエロ、プジョル、プジョル、シャビ
●ポルトガル  -フィーゴ、ルイコスタ、
セルジオコンセイサン、フェルナンドコート、ヌーノゴメス
●日本      -ヒデ、楢崎、川口、小野、稲本、中山、鈴木、柳沢、宮本、小笠原、戸田、三都主、明神
           (トルシエJAPAN)






第16回 1998 フランス大会
優  勝 フランス
準優勝 ブラジル
3位 クロアチア
4位 オランダ
アディダス・ゴールデンボール賞(MVP) ロナウド(ブラジル)
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) ダボル・シュケル(クロアチア) 6ゴール
レフ・ヤシン賞(最優秀ゴールキーパー) ファビアン・バルテズ(フランス)

参加国が32に増えて最初の大会。そして日本が念願の初出場!!日本国内の旅行会社では、観戦ツ
アーを組んだがチケットが手に入らないなどの、チケット問題が勃発した。世界のファンタジスタ、ジネデ
ィーヌ・ジダンがフランスの初優勝に貢献した。
●フランス   -ジダン、プティ、バルテズ、カンデラ、デサイー、テュラム、ヴィエラ、ジョルカエフ、デシ
           ャン、リザラズ、アンリ、トレゼゲ
●ブラジル   -ドゥンガ、ロナウド、リバウド、カフー、ロベカル、アウダーイール
●イタリア    -マルディーニ、バッジオ、インザーギ、デルピエロ、ヴィエリ、カンナバーロ、ネスタ
●アルゼンチン -バティストゥータ、ヴェロン、シメオネ、オルテガ、アルメイダ
●イングランド  -シーマン、オーウェン、ベッカム
●日本      -ヒデ、呂比須、城、小野、名波、中山、川口、岡野、秋田、名良橋、森島(岡田JAPAN)






第15回 1994 アメリカ大会
優  勝 ブラジル(4回目)
準優勝 イタリア
3位 スウェーデン
4位 ブルガリア
アディダス・ゴールデンボール賞(MVP) ロマーリオ(ブラジル)
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) フリスト・ストイチコフ(ブルガリア) 6ゴール
オレグ・サレンコ(ロシア) 
レフ・ヤシン賞(最優秀ゴールキーパー) ミシェル・ブロドーム(ベルギー)

86年大会アルゼンチンのヒーロー、マラドーナが、薬物検査で陽性反応を示し、大会を追われるという事
件が起こった(「俺がしたドーピングは努力だけだ」byマラドーナ)。アメリカ×コロンビア戦で、オウンゴー
ルを入れてしまった、コロンビアのDF選手が、帰国後マフィアに射殺されている。過去3回の優勝経験を
持つブラジル×イタリアの決勝、ワールドカップ史上初の、決勝PK戦となった。絶対外すはずのないバッ
ジオが、PKを外してしまった事で有名。
●ロベルト・バッジオ(イタリア出身の"ロビー"の愛称で有名な、イタリアの至宝、ファンタジスタ、90・94・
 98
大会に出場)

※1993年10月28日"ドーハの悲劇"
  カタールのドーハで行われた、アジア地区最終予選の日本×イラク戦で、試合終了間際のロスタイム
  に、イラクに同点ゴールが入り、日本の予選敗退が決まった。






第14回 1990 イタリア大会
優  勝 ドイツ(3回目)
準優勝 アルゼンチン
3位 イタリア
4位 イングランド
アディダス・ゴールデンボール賞(MVP) サルバトーレ・スキラッチ(イタリア)
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) サルバトーレ・スキラッチ(イタリア) 6ゴール

今大会で、イタリア、ブラジルと並び、ドイツは3度目の栄冠を獲得した。監督を務めたベッケンバウアー
は、選手と監督の両方で、ワールドカップ優勝を成し遂げた事になる。
●ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン出身の"神の子"、世界的に有名な天才レフティ)
●サルバトーレ・スキラッチ(イタリア、パレルモ出身、"トト"の愛称のストライカー、94~97、ジュビロ磐
 田でプレーした)
●ロベルト・バッジオ(イタリア出身の"ロビー"の愛称で有名な、イタリアの至宝、90・94・98大会に出場)






第13回 1986 メキシコ大会
優  勝 アルゼンチン(2回目)
準優勝 西ドイツ
3位 フランス
4位 ベルギー
アディダス・ゴールデンボール賞(MVP) ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) ガリー・リネカー(イングランド) 6ゴール

今大会、最初はコロンビアで開催される予定だったが、ワールドカップを開催する力がないと宣言された
ため、メキシコが開催する事となった。大会前に起こった大地震で、2万人もの命が奪われたが、最終的
にメキシコは準備を続行した。優勝に導いたマラドーナが絶頂期の頃で、"ディエゴ・マラドーナの大会"
とも呼ばれている。有名な試合は、準々決勝、アルゼンチン×イングランド戦での、マラドーナの"神の
手ゴール"。ちなみにイングランドでは"悪魔の手"と呼んでいる。その"神の手ゴール"の4分後、"伝説
の5人抜き"ドリブルで、ワールドカップ史上最高のゴールが生まれた。マラドーナの伝説は、今大会の、
アステカ・スタジアムで誕生したのだ。
●ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン出身の"神の子"、世界的に有名な天才レフティ)
●ミシェル・プラティニ(フランス出身のサッカー界の超大物、"将軍""ナポレオン"の愛称/MF)
●パオロ・ロッシ(イタリア出身のストライカー、78・82・86大会出場)







第12回 1982 スペイン大会
優  勝 イタリア(3回目)
準優勝 西ドイツ
3位 ポーランド
4位 フランス
アディダス・ゴールデンボール賞(MVP) パオロ・ロッシ(イタリア)
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) パオロ・ロッシ(イタリア) 6ゴール

当時、世界でトップレベルのブラジルMF4人を"黄金の中盤""黄金のカルテット"と呼んだ。ジーコ、ソク
ラテス、ファルカン、トニーニョセレーゾである。イタリアは、キャプテン&守護神のディノ・ゾフとパオロ・
ロッシの活躍で、ブラジルと並ぶ、3回目のワールドカップ優勝となった。ブラジル相手にハットトリックを
決めたパオロ・ロッシの名前は、今でもブラジルでは禁句??
●ミシェル・プラティニ(フランス出身のサッカー界の超大物、"将軍""ナポレオン"の愛称/MF)
●ディノ・ゾフ(イタリア出身の屈強な守護神、74、78、82大会出場、全世界歴代3本指に入るGK)
●パオロ・ロッシ(イタリア出身のストライカー、78、82、86大会出場)
●ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン出身の"神の子"、世界的に有名な天才レフティ)
●マリオ・ケンベス(アルゼンチン、コルドバ出身、エル・マタドールの愛称)翌年"10番"をマラドーナに
 譲った。
●ジーコ(ブラジル、リオデジャネイロ出身、ワールドカップは78・82・86大会出場/MF)







第11回 1978 アルゼンチン大会
優  勝 アルゼンチン
準優勝 オランダ
3位 ブラジル
4位 イタリア
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) マリオ・ケンベス(アルゼンチン) 6ゴール

アルゼンチンは、第1回ワールドカップで決勝に進出したものの、その後のワールドカップでは結果を出
せずにいた。大会直前に勃発した政情不安、軍事政権による介入などで暗雲立ち込める中、国民の熱
狂的な応援もあり、見事に開催国アルゼンチンが初優勝を遂げた。
●マリオ・ケンベス(アルゼンチン、コルドバ出身、エル・マタドールの愛称)

●ミシェル・プラティニ(フランス出身のサッカー界の超大物、"将軍""ナポレオン"の愛称/MF)
●ディノ・ゾフ(イタリア出身の屈強な守護神、74・78・82大会出場、全世界歴代3本指に入るGK)
●パオロ・ロッシ(イタリア出身のストライカー、78・82・86大会出場)






第10回 1974 ドイツ大会
優  勝 西ドイツ
準優勝 オランダ
3位 ポーランド
4位 ブラジル
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) グジェゴシ・ラト(ポーランド) 7ゴール

今大会よりトロフィの名前が、現在の名称FIFAワールドカップとなる。ベッケンバウアーは、その新しくな
ったワールドカップを、初めて高く掲げたキャプテンとなった。オーストラリアが初出場。

●フランツ・ベッケンバウワー(ドイツ、ミュンヘン出身のサッカー界の超大物)
●ゲルト・ミュラー(西ドイツ出身のドイツ史上最高のストライカー)

●ヨハン・クライフ(オランダ、アムステルダム出身の天才プレイヤー/FW・トップ下)







第9回 1970 メキシコ大会
優  勝 ブラジル(3回目)
準優勝 イタリア
3位 西ドイツ
4位 ウルグアイ
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) ゲルト・ミュラー(西ドイツ) 10ゴール

この大会で初めて選手交代が認められるようになり、イエローカードとレッドカードが導入された。10万人
の観客を集めたメキシコシティ・アステカスタジアムでの決勝は、大会史上初めての、過去2回優勝した
チーム同士の戦いとなった。FIFAの規定で、初めて3回優勝した国に、トロフィを永遠に保持する権利を
与えるという事で、決勝はその権利を賭けて戦う事になった。ブラジルが3度目の優勝を果たし、権利を
得たのだが、その後トロフィが盗まれ、犯人は捕まったのだが、現在もトロフィの行方は分かっていない。
●ペレ(ブラジル出身で"サッカーの神様"と称され、サッカー史上最高と言われている/FW両利き)
●フランツ・ベッケンバウワー(ドイツ、ミュンヘン出身のサッカー界の超大物/守備MF・サイドバック
●ゲルト・ミュラー(西ドイツ出身のドイツ史上最高のストライカー)






第8回 1966 イングランド大会
優  勝 イングランド
準優勝 西ドイツ
3位 ポルトガル
4位 ソ連
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) エウゼビオ(ポルトガル) 9ゴール

サッカーの母国と言われる、開催国イングランドの初優勝。チームは、ロイヤルボックスにのぼり、エリザ
ベス女王からトロフィを受け取った。そのジュール・リメ杯、大会を盛り上がるためのロンドンでの展示中
に盗まれたのだが、郊外の藪の中から、ピクルスという犬が発見したという。今大会で、ポルトガル、北
挑戦が初出場となっている。その北朝鮮に、イタリアは1-0で敗れた(ワールドカップ史上最大の番狂わ
せと言われており、帰国したイタリアチームは、ローマの空港で、ファンから腐ったトマトを投げつけられ
ている)。ペレは今回、ブルガリア戦で負傷。
●フランツ・ベッケンバウワー(ドイツ、ミュンヘン出身のサッカー界の超大物/守備MF・DF)
●ペレ(ブラジル出身で"サッカーの神様"と称され、サッカー史上最高と言われている/FW両利き)






第7回 1962 チリ大会
優  勝 ブラジル(2回目)
準優勝 チェコスロバキア
3位 チリ
4位 ユーゴスラビア
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) フロリアン・アルベルト(ハンガリー) 4ゴール
ワレンチン・イワノフ(ソ連) 
ドラゼン・イェルコビッチ(ユーゴスラビア)
レオネル・サンチェス(チリ)
ババ(ブラジル)
ガリンシャ(ブラジル)

前回大会に続いてブラジルが優勝し、ワールドカップ2連覇を成し遂げた。イタリア以来の2ヶ国目である。
今大会ペレは、2試合でケガのため欠場となり、代役のガリンシャが活躍した。
●ペレ(ブラジル出身で"サッカーの神様"と称され、サッカー史上最高と言われている/FW両利き)
●ガリンシャ(ブラジル出身の最高のストライカーの一人、軽度の知的障害と小児麻痺の影響で、左右
 の
足の長さが違ったが、その足から驚異的なドリブルテクニックを繰り出し、史上最高のドリブラーと
 も言われた)






第6回 1958 スウェーデン大会
優  勝 ブラジル(1回目)
準優勝 スウェーデン
3位 フランス
4位 西ドイツ
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) ジュスト・フォンテーヌ(フランス) 13ゴール

16歳でブラジル代表デビューしたペレは、今大会、17歳という若さでの初出場だったが、準決勝でフラ
ンス相手に、ハットトリックを決め、世界中を驚かせた。そして決勝でも2ゴールを決め、ブラジルの優勝
に貢献した。
●ペレ(ブラジル出身で"サッカーの神様"と称され、サッカー史上最高と言われている/FW両利き)






第5回 1954 スイス大会
優  勝 西ドイツ
準優勝 ハンガリー
3位 オーストリア
4位 ウルグアイ
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) サンドル・コチシュ(ハンガリー) 11ゴール

FIFA創立50周年の今大会は、本部のあるスイスで行われた。大会史上初めてテレビ中継される事に
なった。スコットランド、トルコ、韓国が初出場となっている。







第4回 1950 ブラジル大会
優  勝 ウルグアイ
準優勝 ブラジル
3位 スウェーデン
4位 スペイン
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) アデミール(ブラジル) 9ゴール

ヨーロッパの殆どの国が、戦後の復興途上であったため、唯一立候補したブラジルでの開催となった。
イングランドは、1930年の第1回大会から不参加となっており、今大会が初めての出場となっている。
20万人以上の観客が集まった、リオデジャネイロのマラカナン・スタジアムでの決勝、引き分け以上で
優勝が決まるブラジルだったが、ウルグアイに逆転され、敗戦の瞬間、スタジアム内で、ショック死と自
殺で命を落とす人もいた(自殺者2名、ショック死2名、20名以上が失神した、マラカナンの悲劇)。ブラ
ジルはこの敗戦を払拭するため、これまでの白いユニフォームをカナリア色に変えた。
また、ワールドカップ優勝杯を、ジュール・リメ杯(ジュール・リメとはFIFA初代会長の名前)と正式に呼
ぶ事になった。



-第二次世界大戦(1939年9月1日~1945年9月2日)中は非開催-
大戦中、FIFA副会長のイタリア人が、ワールドカップを靴箱に入れてベッドの下に隠し、征服軍の手から
守ったそうである。




第3回 1938 フランス大会
優  勝 イタリア(2回目)
準優勝 ハンガリー
3位 ブラジル
4位 スウェーデン
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) レオニダス(ブラジル) 8ゴール

内戦で荒廃したスペインを始め、ヨーロッパは戦争の兆しや不安定な政治情勢から、いくつかの強国は
参加する事が出来なかった。また、アルゼンチンやウルグアイ、メキシコも参加していない。イタリアは、
ワールドカップ初の2連覇を達成した。
●ジュゼッペ・メアッツァ(イタリア、ミラノ出身の伝説のストライカー)
●レオニダス・ダ・シルバ(ブラジル出身の"黒いダイヤモンド"と称された名ストライカー)






第2回 1934 イタリア大会
優  勝 イタリア(1回目)
準優勝 チェコスロバキア
3位 ドイツ
4位 オーストリア
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) アンジェロ・スキアビオ(イタリア) 4ゴール
オルドリッヒ・ネイエドリー(チェコスロバキア)
エドモント・コーネン(ドイツ)

ブラジルとアルゼンチンは、第1回大会でヨーロッパ諸国が辞退した事に対抗し、主力選手をワールドカ
ップ開催地のイタリアに送らなかった。そして、イタリアまでの長旅で、1回戦1試合で敗退した。今大会
は32ヶ国が参加し、開催地イタリアを含めての予選が必要となった。
●ジュゼッペ・メアッツァ(イタリア、ミラノ出身の伝説のストライカー)







第1回 1930 ウルグアイ大会
優  勝 ウルグアイ
準優勝 アルゼンチン
アディダス・ゴールデンシュー賞(得点王) キジェルモ・スタービレ(アルゼンチン) 8ゴール

記念すべきワールドカップの出発点!!だが、1929年10月24日ニューヨークウォール街の株価大暴落
で、世界恐慌に発展し、ワールドカップを開催する事に、世界中の賛同を得る事は出来なかった。そして
この当時は、予選は行われず、招待された13ヶ国が参加した。恐慌に直面したヨーロッパの多くの国が、
イタリア・スペイン・ドイツを含め、今大会の参加を辞退している。